雑記ぃド byザクχ

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ある教会で起きたこと

ざっく~(´っ・ω・)っ

更新日:令和7年11月20日

■ ある教会で起きたこと ― 私が信仰から離れた理由

私は数年前、ある福祉系の事業所(ここでは Y事業所 とします)に通っていた。
その頃、事業所内でキリスト教の伝道集会が開かれ、そこで出会ったのが、
近隣にある H教会 の牧師 K師 だった。

この出会いをきっかけに、私はH教会へ通うようになった。


■ 教会で感じた“居場所”と違和感

最初の頃、教会には温かい空気があり、
昼食会で出される300円のカレーは素朴でおいしく、
今でも数少ない“良い思い出”として残っている。

しかし、徐々に違和感が積み重なっていった。

教会にはLINEグループがあり、
個別のやり取りも頻繁だったのだが、
ある日、牧師K師の家族である M氏(K師の娘)から
突然こんなメッセージが届いた。

「あなたは悪魔に憑かれています」

冗談や比喩ではなく、
まるで断罪するような口調だった。

私は衝撃を受け、深く傷ついた。
今でもこの言葉は胸の奥に残っている。


献金と「冷たさ」

私は4年以上、献金を続けていた。
100円の時もあれば7万円の時もあった。
決して生活に余裕があったわけではないが、
当時の私は信仰心から行っていた。

しかし、教会を離れようとした時、
私が受けた扱いは非常に冷たいものだった。

私は他団体への献金トラブルについて相談したかったのだが、
牧師の妻であり伝道師でもある A氏
私の文章をほとんど読まず、短くこう返した。

「支払いなどはありません!」

相談には乗らず、一方的に突き放すような返信だった。
その瞬間、
「ああ、この教会にはもう居場所はないんだ」
と実感した。


■ 信仰の“残り香”と嫌悪感

いま私は、仏教や神道に心が戻っている。
H教会からもキリスト教からも距離を置いた。

それでも、当時の名残で、
家には小さな十字架モチーフが1つだけ残っている。
今では信仰心はない。
ただの“遺物”のような存在だ。

正直、教会のことを思い出すと胸が悪くなる。
嫌悪している自分すらいる。
それでも、完全には忘れられない。
それだけ傷が深かったのだと思う。


■ 最後に

宗教そのものを否定するつもりはない。
救われる人もいれば、
私のように傷つく人もいる。

ただ、あの教会で受けた扱いは、
いまだに言葉にできない重さとして残っている。

この文章を書くことで、
少しでも区切りがつけばと思い、
ここに記した。

 

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